メディア・アングラーズ・クラブを結成するから、年の功によりホームページの巻頭を書けと、共同謀議を謀った一人から無線連絡が入った。(なに、携帯電話からこの話が来ただけのこと)
略称すればMAC(正式にはFMA)である。ジャンクフードの雄であるハンバーガー屋とか、インテルに押され気味なコンピューター業界の老舗と同じ略称ではないか。少々気にならないこともないが、ま、大手であるから許すことにしておこう。ものの始まりとは凡そこんなことからスタートする。
メディアというからには、レッキとした業界を意味する。取り敢えずは(放送の)とご理解頂きたい。この國でラジオが始まって七十数年。テレビに至っては僅かに五十年の歴史しかない。新聞、雑誌という出版物しかなかったこの國で、放送は全く新しい「文化(のように)」受け取られ、カナダの山火事なみに人々の間に急速に拡がって行った。そこには試みがあった。実験があった。鏤骨砕心(ルコツサイシン)の作品が火花を散らして競い合った。やがて燃えたぎった制作意欲のマグマが、バブルの崩壊と時期を同じくして急速に冷えはじめ、国内のチャンネルはどうしようもない倦怠期に突入した。安上がり知恵抜き手抜きの番組がブラウン管を埋め尽くし、芸も何もないタレントと称する部類が軒並みに媚びを売り始めた。「放送は娯楽ですから」という言い訳が、大手をふって通用する時代になった。メディアはどこへ行くのか。本気で心配し始めると眠っているわけにはゆかなくなる。心配だけで十二支腸潰瘍になる。大正漢方胃腸薬に任せておける問題ではない。要は、放送を造り出す人間の問題なのである。

幸いにして我が周辺には、「コレデハダメダ」「気合いの入った番組を作りたい」という、放送の本質に迫り続けたい、つまり放送世界のシーラカンス人間が遊弋(ユウヨク)していて、なぜか奇しくも「釣り」にハマリこんだ。これが今回のFMA結成の知られざる裏面なのである。放送についての純粋理性批判はこの辺にしよう。そうしないと釣りに行けなくなるではないか。

結成にあたっての顔ぶれは、いずれもオノレに決定的に忠実である。小アジ釣りのサビキで釣りを始め「アジ子の天才」と呼ばれる男がいる。サビキでなんとセイゴをかけた男である。サーフキャストで夜釣りに出かけ、ギギ(ゴンズイ)を釣り上げて素手で握り、あまりの痛みに半年以上も手が痛いといい、それでも懲りずに夜釣り、昼釣りに突っ走る男もいる。「釣りのどこが面白い?」とウソぶいていた男は、あっという間に磯釣りにのめり込み、明けても暮れてもチヌとメジナの大型に恋いこがれ、全身釣具メーカーS社の動くカタログに短期間で変身した男がいるかと思うと、友人が申し込んだ釣り大会に現場で臨時参加して優勝し、うン万円のロッドをもらってしまったのが運の尽きで、忙しいくせにサーフ・全国大会の東海大会代表になってしまったマメな男もいる。これらゼントルマンの隠されたエピソードを全部並べると、一晩や二晩では語り尽くせないから割愛するとして、共通して言えるのは「釣れたか、釣れなかったか」に陰湿に拘泥しないことである。これは、言うは易しく行うのは至難の業である。見てごらん。釣果にこだわる釣師ほど下賤なものはないではないか。
ヤブ蚊の猛襲に耐えて夜の海と向き合い、灼熱の砂浜で陽焙りの刑にもメゲず、ただ一瞬の魚信を、竿先の光芒を、手元に震える水底からの抵抗を待ちながら過ごした数え切れない時間も、すべては待望の時が来るまでの雌伏のペイシェンスなのだ。やがて来る、対決の時の喜びを増幅させる忍耐の苦しみなのだ。
 
1パーセントの霊感と99パーセントの忍耐が、歓喜の震えを倍加させることを、高潔な釣師たちは知っている。だから釣れない日は竿を畳みながら「ああ、いい海風を吸えた」と胸を張り(たとえ怒りが内側で渦巻いていようとも)「いいんだ、またきっと・・・」と呟いて家路をたどるのである。
 
これこそがFMAのメンバーシップにふさわしい釣り師であって、それぞれが独自の「釣魚大全」を心に秘めているに違いない。アイザック・ウォルトンならずとも(コンプリート・アングラーズ)なのである。
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