釣研FG福岡支部WFG代表決定戦、11月28日

長崎県平戸宮ノ浦、夜明け前の丸銀釣りセンターの待合室には結構な人数の選手が集まっていた。多分、3名1組対戦の2回戦勝ち上がりだから参加人数は少なくとも27名の筈だ。大会はノック・ダウン方式のトーナメント、つまり一回負けたらハイそれまでよ。とにかく、ここで2回戦を勝ち残った3名が栄誉あるWFG世界大会に選出されるのだ。たったの2回、そう!たった2回勝てばいいのだ!だが、私はまだ意識して勝ち上がった経験が殆ど無い。今回は意識して何処まで勝ち上がれるかが私の最大のテーマだ・・・。


釣研FG WFG(ワールド・フィッシング・ガイヤ・オブ・グレ)選抜 トーナメント
Text by Klaris
最初に、この原稿は2005年のWFG世界大会に出場した後にようやく書き始めていることを記しておく。最初にネタばらししているみたいだが、WFGに出れるかどうかを書きたいのではなくそのプロセスを記録しておきたかったので別にいいのだ。ただ、ディー・テールに関する記憶が乏しく情報としての信憑性がかなり希薄だということを踏まえて読み進んでいただきたい。

まずは『釣研FG』とはなんぞや?『釣研』そのものを知らない人はこれを読むような人にはまずいないと思うので割愛してもう一方の『FG』から始めよう。『FG』とはファン・グループの略称で、『GFG(がまかつファングループ)』とか『TFG(つり万ファングループ)』とかも同じ略称だ。『釣研FG』とは釣研が主催する釣研のウキやパーツ類の愛好家のためのクラブである。私がその名前の存在を知ったのは2003年秋に遡る。その頃、何度か磯に同行させてもらっていたサンライン・テスターの藤木伸幸さんが『釣研FG』の福岡支部中央地区長を務めていた。若手育成に力を入れたいと言う藤木氏の誘いで入会することになったが、当初、私は自分のクラブ(FMA)のこともあるし他のクラブにまで参加することは考えていなかった。ましてや釣研製品愛好家等と決して言えない私が入会を決めたもう一つの理由に“色々な人たちとの素敵な出会い”とかを非常に不得手とする自分の性格を矯正する目的があったのだ。元々、私は性格が内向的で人見知りが激しいタイプなのだ。何故か投げ部長のジェリーも似たような性格をしているが私は彼より更に人見知りが激しかったのだ。それが『釣研FG』に入会したもう一つの理由である。入会すると間もなく誘われるままに『釣研FG/WFG』の予選にも参加した。当然、勝てるなどとはゆめゆめ思っていなかったが、どうしたことかあっさり1回戦を勝ち上がってしまう。そして2回戦の相手はこともあろうかその藤木伸幸選手と“博多友グレ会”の前田秀行選手、なんと2人ともサンライン・テスターだった。場所は志々岐崎の『御下(みした)の3番』だったと記憶している。私はお付き合いの参加と割り切っていたのでラウンドの途中弁当を食べ高台にふんぞり返って釣っていた記憶がある。超絶な数釣り勝負の結果、藤木選手に軍配が上がったが私も何故かそれなりに釣果をあげていたので次点となった。それからしばらくはプライベートと本業が多忙をきわめ、2004年の夏まで釣りそのものに対するモチベーションも著しく低下してしばらく釣りそのものを休止していた。

入会までの経緯はそんな感じだ。次にWFGとは一体なんなのかという疑問が湧くと思うが、ワールド・フィッシング・ガイア・オブ・グレの略称、簡単に意訳すれば『グレ釣りの“世界大会”』ということだろう。
「しかし、ワールドって入ってんのに更にガイアってどないやねん!」
っと、思わず突っ込みを入れたくなる気持ちをぐっとこらえて、まま、そんなネーミングなのだなっと私は理解した。“世界大会”といっても出場選手はあくまで『釣研FG』の会員に限定される“世界大会”で、“世界大会”といってもブラジル、アメリカ、イタリア、イングランドはたまたモロッコの代表選手が参加しているということでは決して無く、磯釣りというジャンル自体が韓国と台湾の一部を除けば日本がその殆どを占めているのでそういう意味での“世界大会”と捉えれば“世界大会”と呼べなくもない・・。

釣研FG福岡支部中央地区予選、10月31日

さて、WFG世界大会に出場する権利を獲得するためにはこの地区予選を突破することから始めなければならない。私が入会したのは福岡支部の中央地区だから中央地区予選となる。今回の正確な参加人数はわからないが10人くらいいたように思う。最初、佐賀県と長崎県の県境に位置する鷹島の磯で予選を行う予定だったが、天候に左右されやすい場所だったので急遽変更して平戸宮ノ浦になった。大会形式もいわゆる『行って来い』で釣って来たグレの総重量勝負、何時から何時までの勝負だったかは全く覚えていない。平戸宮ノ浦の丸宮釣りセンターにレンジと2人で向かい、藤木さんたちと合流し準備が整った時点で出港となった。

私とレンジが渡礁したステージは中之島の『ブルース』。宮ノ浦に通い始めた最初の頃に一度だけ上がった記憶があるものの、当然、その時は釣果ゼロ・・まあ、『ブルース』と名の付く場所だから名前の由来通りここは相当渋いポイントなのだろう。どっちにせよどうにかしてここでキーパーを釣らなければ話にならない。この辺一帯は尾上島方面から頭ヶ島の方へ抜ける上げ潮の時の方が釣果がいいようだ。手前は浅く偶に規定外のコッパグレが釣れるが殆どはベラばかりでキーバーが当たってこない。意味もなく直ぐに深く釣りたがる悪癖を持つ私は『Tフロートコルク1号』のウキに水中ウキ1号の仕掛けで遠投して沖の上げ潮を竿1本半くらいのタナで流しているとクチブトがポツポツとだがヒットしてきた。レンジは潮下に釣り座を構えサラシの先端部分を丹念に探ってはいるものの釣果は無かった。その後、私とレンジは瀬替わりして志々伎崎の『2のハエ』に上がるもエサ盗りのアブッテカモの養殖場かと思えるこの一帯で手も足も出なかった。
「ここはどうなっとるんじゃああ!」
とにかくエサ盗りを全くかわせない。水深も浅く沖にまで絨毯のようにアブッテカモのモブがコマセの投入を待ちわびている。潮が動かないと完璧にアウトである。それどころか、たとえ潮が動いたところで尋常ではない鬼のようなコマセ・ワークが不可欠だろう。

今後、この志々伎崎を如何に攻略していくか?問題の殆どがエサ盗り対策でありコマセ・ワーク以外には未だにこれといったレメディは存在しないのが現状だ。2005年WFG本戦での私のグループ・リーグ戦は予想通り全てここ志々岐崎で行われた。『3のハエ』『1のハエ』『御下の2番』、何度か通い少しは分かってきていたつもりだった『1のハエ』でのよもやのバラシ、思いつきのように両手同時投げでタイミングを計りながらエサ盗りの下のコッパグレから拾おうとするが一夜漬けでは結果が出る筈もなく、沖の本流でキープ・サイズのグレをきっちり釣っていく精度に欠けていたため橋本名人が言う『価値ある1尾』を引きずり出すことも出来なかった。予選結果は1勝2負でリーグ戦大敗・・・。トーナメントでは良型のグレを仕留めれるポイントに上がれる確率は極めて低く、殆ど普段上がりたくないような場所での戦いを強いられる。要は腕自慢の釣り師達が如何に釣れない場所で技術を競い合って釣って見せるかがトーナメントだと思ったほうがいい。普段の釣行でちょっと釣れないからと直ぐに瀬替わりしているようでは自己のスキルを上げていくのは難しいということを思い知らされる試合であった。

話を2004年に戻そう。宮ノ浦港に寄港して検量場所に集合すると殆どの選手がボーズだった。なんとなんと、5尾釣っていたのは私一人だけだったのだ。中央地区長の藤木さんは『魚釣崎』近くの無名磯に上がったがボーズで釣果無し、サンラインのテスターを務め地区長でもある藤木さんが地区予選でのまさかの敗退。甲子園やワールド・カップがそうであるように最初の地区予選がジーコ曰く『最も険しい棘の道』なのである。どうせ駄目だろうと呑気にかまえていた予選だったがなんと地区予選をトップで通過してしまった。この中央地区から私を含めた3名の選手が約一ヶ月後に行われる代表決定戦に駒を進めることになった。

釣研FG福岡支部WFG代表決定戦、11月28日

その一ヶ月後、話は冒頭のアバンに戻る。組み分け抽選を終え渡礁となった我々選手を迎える1回戦のステージは志々伎湾に位置する『象のハナ』。少なくともただのエンジョイ・フィッシングならあまり上がりたくないポイントの一つだ。トーナメンターとしての釣りを極めたいのなら避けて通れない磯が宮ノ浦一帯には数多く存在する。この一帯もそういったポイントの一つだ、っていうか、宮ノ浦全体が初心者にとって非常に難易度の高い磯場であることは自身が経験済みなので、初心者はもっと簡単に釣れる磯(といってもそんな磯はなかなか無いが・・)から始めた方がいいと思う。

1回戦の対戦相手は“福岡グレ競友会”会長の福住裕史さんと“浦島太郎釣りクラブ”に所属する西村さん。“福岡グレ競友会”というクラブの存在は藤木さんから聞かされていたが、相当な強者揃いでトーナメントに対するアプローチの誠実さには目を見張るモノがあるらしい。そこの会長さんともなると非常に厳格な方とお見受けしたが、話してみるとイメージとは全く逆で物腰が柔らかくジェントルな人柄でほっとした。
「釣りを通して様々な素晴らしい出会いを体験出来る、釣りは所詮は遊びなのだから試合に勝った負けたに陰湿に拘泥してはいけない。」
まるで我がクラブFMA名誉会長、故・井田敏氏の言葉を聞かされているような気がした。福住氏が言いたいことはよく分かるし、そこにある種のフィロソフィーを共有することも出来る。しかし、一般論(雑談レベル)に置き換えると言葉のニュアンスは容易にディストーションされる恐れがあるため少々長くなるが自戒の念もこめて私見を書き殴っておきたい。

『所詮(しょせん)』という単語には「あれこれ考えたりした結論として」とか「最後に行きつくところ」という意味がある。その単語に内在する『道を究める』という精神的なニュアンスと『所詮は遊び』という言い方から受ける表面的なニュアンスのギャップは、ともすれば安易に同義なムードとして曲解されてしまいがちで言葉の持つエッセンスを見失ってしまう危険性がある。わかりやすくコンバートすると『真っ白な灰になりたい』矢吹丈と『真っ白くハイになりたい』ジャンキーはどっちも同じと言っているようなもんだ(症状は似ているかもしれないが・・)。また、言葉のレトリックとして『所詮』とか『運』とか『遊び』といった単語を適当にちりばめておけば大抵の事柄を曖昧にしていくことが出来る。瞬間瞬間を投げやりに誤魔化していくことが簡単に出来るのだ。極論的に例えれば『人生なんて所詮遊びで運まかせ』、ライフ・ゲームなんだから好きにすればいいじゃねえか、と言えてしまう。エッセンスとしては全くもってその通りと私は思っている一人なのだが、これらの単語を安易に使う事が大嫌いでもある。それは「瞬間瞬間を投げやりに誤魔化していくこと」が大嫌いだからだ。結局、『所詮』にこそ物事のエッセンス、乱暴に置き換えればドラマティック・モーメント『劇的なる瞬間』のトリガーが隠れていたりするのかもしれない。しかし、決して瞬間瞬間を投げやりに誤魔化して流している限りそのトリガーが引かれることはないのである。勿論、釣りは『所詮遊び』でも『運任せの暇潰し』でも大いに結構なのだが、だったらトーナメントになんかに必死になって出続ける必要は無いのだ。釣りのトーナメントが『所詮遊び』ならアマチュアが参加する全ての競技が『所詮遊び』ということになりはしないか。しかし、真のエッセンスは『所詮遊び』こそが『道を究める』ことに繋がっていくのである、フフフのフ。

やや私見を書きすぎた感もあるが、まあ、この時の福住さんとの出会いがきっかけで2005年の『日韓親善グレトーナメント』に推薦して貰うことに繋がるワケだから人との出会いとは摩訶不思議、私のように『出会い』を極力回避して怠けて生きてきた者には釣りを通して学ばされることが多いのである・・。